愛さないでね、愛してないから。
その昔、私には好きな人がいた。 誰にも話したことがない事。時々、ふと思い出す事。 辛いとき、泣きたいとき、苦しいとき。いつも私の支えになってくれて、励ましてくれた大切な人。きっとあの人がいなかったら、今私はここにいなかっただろう、って思えるほど大事な人だった。 すごく辛い事があって、何をする気にもなれず塞ぎ込んでいた頃。何年もそうやってこのまま死んでいくんだろうな、って思ってた時に彼と出会った。最初はなんとも思ってなかったし、その手を取っていつかまた離される日がくることが怖くて必要以上には近付かないようにしていた。色を失っていた私の目には、彼もその他と同じ無色透明の存在だったのだ。 それが変わったのはいつだったろう。ほんとに些細な事だったのか、それともあまりに自然だったからなのか。もう覚えていない。ただ、気がつくといつも彼は私の傍にいてくれていた。 毎日話す他愛の無い事。家族の話、学校の話、友達の話、テレビの話。そんなことを飽きずにずっと二人で話していた。一緒にいるだけで、声が聴けるだけで幸せだった。ずっとこんな日々が続けばいい、ってそう思えるほど。 愛していたのか、愛されていたのか。今となってはもうわからない。ただ、彼と触れ合っている時間だけは、私は誰より強くなれた。何もかも忘れて、心から笑えていた。誰も怖くなかった。あの人の傍にいられれば、それだけで。 それでも、彼と離れれば私は不安になった。その頃の私は外の世界に脅え、学校に行くこともせず、人と触れ合うこともなければ美への頓着もなかった。つまり、はっきり言えば『美』と『醜』だったら明らかに『醜』の人間だった。 それは最初は小さなもので、でも時が経つにつれてどんどん膨らんで私を侵食していって。少しずつ減っていく連絡に、それでも前と変わらない彼の優しさに、幸せだというより辛かった。私の世界の中心には彼がいて、その他は皆色が無いのに、彼の世界にはたくさんの鮮やかな色がある事。彼に頼り、依存しすぎてる私。その手を離されれば、私はまた死んでしまう、と。それが怖くて怖くて、泣いた。 自分に自信の無い私。いつも誰かの目を気にしている私。横暴なフリして、でも呆れるほど臆病な私。言いたいことを飲み込んで、誰かの前では笑ったフリをしていた私。嘘ばかりで塗り固められた、大嫌いな私。 そんな私が、いつまでも彼の傍にいてはいけない、と。そう思った。自分さえ嫌いな私を、彼が愛してずっと傍にいてくれるとは思えなかったから。 手を離されるなら、最後は自分から、と。 『…仕方がないよね』 最後に彼が言った言葉。もうやめよう、って悩んで悩んで言った私に向けられた。酷く歪んでいただろう私の顔は彼の目にどう映ったんだろう。 『また、連絡するから…』 そう言って私達は別れた。 あれから何年も経った。 たくさんの想い出をくれた人。きっと、今でも大切な人。幼くて、傷つくのが怖いからと終わりにした勝手でガキくさい恋。人が聞いたら、笑っちゃうような恋。 でも、ガキはガキなりの。本気の恋だった。 あれから私は恋をしていない。何人かとは付き合ったけど、誰も好きだとは思えなかった。『好き』と言われる度に辛くて、『私も』と応えられない事が申し訳なくて。 なんか有り触れた作り話の様な話だけど、どれも間切れもない真実。私の恋は、あの日終わったのだ。そして心の中で、今も私は私自身を責め続ける。 『何故、ちゃんと自分の気持ちを伝えなかったの?』 嫌われることが怖くて、自分から離した手。 『好きな人を、どうして信じてあげられなかったの?』 彼を囲む可愛い女の子に、私が勝てると思えなかったから。 『今は、何故人を好きになれないの?』 勇気を出せなかった私を。戦いもせずに逃げ出した私を。 私が死ぬほど大嫌いだから。 あの日千切れた絆は、今も途切れたまま。
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